著:結城隆臣




刀剣乱舞の二次創作。姉弟の審神者の物語。
宮城本丸シリーズ本編。刀さに要素あり。




※刀剣乱舞の世界観の自己解釈と、マイ設定があります。
※史実に忠実ではありません。
※いろいろ都合よく解釈しています。ご注意ください。













燭台切光忠を招いてから一週間後、僕は主に刀剣男士らに主の存在を打ち明けた旨を伝えるべく、彼女が入院している病院を訪れた。
主の病室は審神者でもある関係からなのか個室で、病棟の中でも一番奥の部屋を借りていた。




受付を終え病室に向かう途中で幾人かの看護師さんとすれ違ったが、皆が僕を見るたびにクスリと笑うのは何故なのだろう。




病室を覗くとベッド上で座り窓の外を眺めている主がいた。
声をかけると振り返って花のような笑みを浮かべる。




最初は初期刀だから近侍だからと、事務的に主の元へと通っていたが、今はこの笑顔を独り占めできるのが何故か嬉しく感じている。




僕はベッドサイドにあった椅子に腰掛けた。




「主……」
「みんなに話しちゃったんでしょう? 私のこと。海からさっき連絡が」




話し出そうとするとそれを遮るように主が口を開いた。




「ああ。どうしようもなくてね、申し訳ないことをしたよ」
「いえ、海が隠しきれる訳がないって分かっていたから、大丈夫です」




主が一瞬困ったように微笑んで、そして頭を下げる。
僕は其の意図が分からず、慌てて主の体を起こした。




「今回も色々心配をおかけして、すみませんでした」




ああ……。




僕は心の中でため息を吐いた。
主は体が弱く、ただでさえ自分が持つ力を自分で支えることが困難だ。
だのに、審神者になり、さらには自分の力と相性の悪い刀剣男士を従えている。
そのため、鍛刀、手入れ、他、主の力を必要とする行為をするたびに、体調を崩している。
今回、燭台切光忠を招いた際、意識を失い、心停止まで行ったことを謝っているのだろうと察した。




「何を言っているんだい。もう慣れたよ。何のために近侍でいると思っているんだ」




主の頭をなでる。
他の刀剣男士にはできない芸当だ。




主が言うには、僕の牡丹の飾りが僕と主を繋いでくれているんだとか。
だから、側にいても具合が悪くなったりはしにくいらしい。




「毎日本丸と現世を行き来して力も使いますし大変じゃないですか? 連絡なら海へ言ってくれればメールで済むのに……。今は、新しい刀剣男士も殆ど保護して迎えているから鍛刀頻度も少ないし、ここに来る必要もないのに……」




口調や表情は気丈にしているが、その瞳は寂しげにこちらを見つめる。




審神者になることを決めたのは自分自身なのに、弟の海に審神者業の大半を託さねばならないことを不甲斐なく思っている事は知っていた。
そのため刀剣男士達に自分の存在をひた隠しにしてきたのも分かる。
けれど、本当は主としてちゃんと役目を果たしたいと思っていること、その姿勢は誰よりも側で見てきた。




「さっきも言ったけど、何のために近侍でいると思っているんだい? それに、僕を鍛刀してくれたのは君なのだから主は君以外にいないし、僕にとっての本丸は君のいる所なんだ。毎日来て当然じゃないか」




そう言うと、戸惑ったような表情を浮かべて、顔を膝に埋めてしまった。
こうなるともう暫くは何を言っても動かない。




僕は席を立つと、病室を後にした。








――お願い致します。私に力をお貸し下さい……――




遠くから、か弱く細い声が聞こえる。
その声は何度も何度も波紋の様に広がり僕の元へ伝わって来ていた。




いったいこの声は何なのだろう。
優し気ではあるが、悲しそうにも聞き取れる、どこか憂いを帯びた声で幾度も呼びかけられる。




僕は不思議に思って首をかしげた。




いや、それ以前に刀であるのにどうして僕は人間の様に感じ思考している?
この体はいったい何だ?




腕を伸ばし手の平を広げる。
足を振り上げ、くるりと独楽のように回ってみた。
面白い。
この声に応じてみれば、何かわかるのだろうか。
そうしてゆっくりと目を覚ます。




「――僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく」







今思えば、あの時、主は涙を浮かべていた……。




顕現され、1つ伸びをした後、視線を感じてそちらの方を見た。
そこには隣に1匹の狐を従えた少女が、床に座り込んでいる。
やがて、その少女がゆっくりと立ち上がり、真っ直ぐな瞳でこちらを見つめてきた。
意思を持つ力強い眼に引き寄せられる様に魅入ってしまったのを今でも僕は覚えている。




「私の招きに応じてくださり、ありがとうございます。不本意ではありますが、あなたをつらい戦いに巻き込んでしまう事をお許しください」




その声はあの憂いを帯びた声、そのものだった。




そして、ふっと寂しそうに微笑んで少女はその身を床に崩した。








央海らが姉の存在を刀剣男士たちに打ち明けた次の日の昼。
脇差用に用意された部屋に、鯰尾藤四郎、にっかり青江、薬研藤四郎、前田藤四郎がそろって談笑していた。




「まさか、主が2人いるなんて思わなかったよねー」




鯰尾藤四郎があぐらをかいたまま、畳の上にふんぞり返った。




「女性の主さん……か、柊って言っていたね。可愛い人なのかな? 写真があればよかったのにね」




にっかり青江がそれを微笑みながら見つめる。
顎に手を当てながら、薬研藤四郎は口を開いた。




「今まで存在をひた隠してきたんだ、たぶんないだろうな」




その横で、何やら思いつめたような表情で前田藤四郎がうつむいている。




「どうした? 前田」
「あの……」




何かを話したそうな、躊躇っているような様子。




そう言えば、前田藤四郎はこの本丸に2番目に来た刀だったと、薬研藤四郎は思い出した。
薬研藤四郎自体も実は4番目にこの本丸で具現化されていて、何気に一緒にいる時間が長かった。
今思えば、新しい刀剣男士が具現化されるたびに、前田藤四郎の雰囲気がおかしくなっていたような気もする。




「何か知っているのか?」
「……実は……歌仙さんに、口止めをされていたんですけど……。だ、誰にも言わないで下さいね?」




前田藤四郎は不安げな表情で語り始めた。







前田藤四郎は顕現した際、皆に隠されていた女主―――柊の前に現れたらしい。
だがその際、前田藤四郎と顔を見合わせた瞬間に、柊は血を吐き、青い顔をして気を失ったそうだ。
そこで初めて、柊が刀剣男士と力の相性が悪いことが分かったらしい。




それ以来、刀剣男士を顕現する場所をこの本丸とし、柊は現代に残る事にしたのだという。
そして、今本丸にいる主……海と歌仙兼定、こんのすけの3人で話し合いをし、柊子の希望も取り入れて、今の体制が完成したのだという。




当時、主に負荷をかけてしまったことがショックで具合を悪くしていた前田藤四郎は歌仙兼定にさわりだけ教えてもらい、以後顕現された刀剣男士達に口止めするよう言われていたのだった。




「そうだったのか。辛かったね」




鯰尾藤四郎が前田藤四郎の頭をポンポンと、優しく微笑みながら撫でた。




「んー……そんなに僕らと力が合わないのなら、海に全てを預けてしまっても良いと思うのだけどねー?」




にっかり青江が不思議そうな顔をして呟いた。




確かにそうだ。




海であれば相性云々心配する必要はない。
彼は力が弱く刀剣男士を鍛刀することはできないが、様々な道具を使うこと何とか本丸の運営を行ってきた実績もある。
その頑張りは自分達がよく知っている。




「同じ刀剣男士なのに、歌仙だけ会えるのも謎だよね」




ずいっと前かがみになり、鯰尾藤四郎が腕を組んだ。




「ああ、それは……」




前田藤四郎が声を発しようとしたその時、ふいに部屋の襖が開いた。




「よっ! こんなところに集まって何してるんだ? そろそろ昼飯が出来上がるぜ!」
「鶴丸さん」




ニコニコと笑顔を振りまきながら、鶴丸国永が部屋の中に入ってくる。
そして、ドッカと鯰尾藤四郎の隣に座ると肩を組んだ。




「聞いて驚け? なんと、朝の出撃で、骨喰藤四郎君がやってきてくれましたー!」




カッと鯰尾藤四郎の大きな目がさらに大きく開く。




「骨喰が!?」
「うむ、骨喰が!」
「い、行ってくる!」
「おう、迎えに行ってくるがいい」




はっはっはと盛大に鶴丸国永が笑うのを、薬研藤四郎は見つめながら、ちょっと胸に引っかかるものを感じていた。
話の合間に割り込んできた?偶然か?この人はどこまで知っている……?
視線に気付いたのか鶴丸国永がニヤーッという笑みを薬研藤四郎に向けてきたので、静かに目をそらした。




「お昼なんだろ? 前田、食べに行こうぜ」
「あ、はっ、はい」




前田藤四郎を連れ立ち上がる。
にっかり青江がそれを見ながら手を振ってきた。




「僕も後から行くから、席を取っておいてくれるかい」
「分かった」




薬研藤四郎は廊下に出ると後ろ手で襖を閉じその場に立ち尽くした。
いろいろ考えねばならないような気もするが、考え過ぎているような気もする。




「薬研?どうしたの?」
「ああ、いや、何でもない」




心配するように見てくる前田藤四郎を前に、薬研藤四郎は首を振った。
気にしすぎか……。
内心ため息を吐きながら薬研藤四郎は前田藤四郎とともに食堂へと足を進めた。








朝食の後片付けをしようと燭台切光忠が台所に食器の山を抱えて入ると、歌仙兼定が使用済みの食器を流しているところに鉢合わせた。




「あー……歌仙君、ごめんねやらせちゃって」
「いや、ちょっと考え事をしたくてね、こういう時は何かしながらの方が捗るから、やらせて貰っているよ」




ふわりと優しい笑みをこちらに向ける。
しかしその笑みの裏には疲労の色が見て取れた。
訳もない、この本丸をまとめる本来の主の近侍を勤め、毎日ではないにしろ料理番をこなし、自身の鍛練から、内番、出撃等汲まなくこなしているのだから。
最初からいる刀剣男士とは言えど、メンバーの増えた今でもレベルはいつも1番高く他の追従は許さない。




燭台切光忠も現在本丸をまとめている央海の近侍を勤めてはいるが、近侍の仕事という仕事は出撃や遠征のメンバー構成を考える手助けをしている程度で他は一切行っていない。
近侍以外の仕事を上げるとしたら、台所を主に預かっている位だろうか。




歌仙兼定の隣に並び、洗い終わっている食器を拭く。
黙々と洗い物を続ける歌仙兼定の表情は険しく、恐らく本来の主の事を考えているだろう事は察しが付いた。




「大丈夫かい?」
「ん?」
「疲れているように見えたからね。無理はダメだよ」
「……ああ」




返事が心許ない。心此処に在らずと言ったところか。




「柊ちゃんのことで何かあった?」
「え?」




手が止まり、こちらに顔を向ける。




やっぱりね……。




燭台切光忠は思った。




「僕でよかったら相談に乗るよ?」
「……」




一瞬口を開きかけて、歌仙兼定はまた食器を洗い始める。

内心ため息を吐きながら、燭台切光忠は歌仙兼定が言葉を続けるのを待った。




「……僕はちゃんと近侍を務められているのだろうか」
「うん?」




手を止め窓の外へ視線を伸ばしながら歌仙兼定がポツリポツリと言葉を溢す。




「主に来る必要は無いって言われてしまってね」
「……?」
「以前にも軽く言われたことはあったのだけれど、はっきり言われると堪えるものだね……」
「……!」
「燭台切……?」




笑顔を作りこちらに微笑みかけてはいるが、その瞳に映る影は寂しそうで、思わず顔へ手を伸ばしかけてしまった。
名前を呼ばれて急いで手を引っ込める。




「あ、いや、でもさ、近侍がいないとできない仕事もあるんじゃ……」
「……鍛刀はね。他は僕らだけでもできるからね。手入れとかは手伝い札があれば海にもできるし……。保護した刀剣はこんのすけに処理して貰えばすぐに仲間入りするし……何だかんだ、やりようによってできる物なんだよ」
「成る程ね。だからこそ、来なくて良いと言うことかな?」




歌仙兼定が静かに頷きながらまた手を動かし始めた。




「でも、主の体の負担にならないように、そういう風にしたのは歌仙君だろう?」
「ああ、そうだよ。……まさか、僕が悪いと言いたいのかい?」
「いやいや、最後まで聞いて。歌仙君はいろいろ考えてその時の最善策を編み出して、今までずっと柊ちゃんや主を支えてやって来たんだから、そこは認めるべきポイントじゃないかなって思ったんだよ」
「……必死だったからね」
「僕はまだここに来て短いけれど、そんな僕から見ても、歌仙君は立派に近侍を務めていると思うよ」
「……」




黙り込んでしまった歌仙兼定を尻目に、燭台切光忠は拭き終えた食器をしまい始めた。




暫く食器を洗う音が後方から聞こえていたが、やがてそれが聞こえなくなった。
振り返ると、洗い物が終わっており、歌仙兼定がたすき掛けをほどいているところだった。




「歌仙君、後で洋菓子を作る予定なんだ。午後にまた柊ちゃんの所に行くなら持って行って貰えるかい?」
「またそんなにお菓子を作って、君は……。太ってしまうよ?」




クスッと笑みを浮かべる。




「大丈夫、製作者の口に入る前に主と短刀、脇差達が平らげてしまうからね」
「やれやれ、確かに彼らの食欲は凄まじいものがあるね」




燭台切光忠は歌仙兼定の雰囲気が元の穏やかな物に変わっていることに気付いた。
僅かながらでも仲間の力になれたことが嬉しく、つい笑みが零れてしまう。




ふと歌仙兼定がゆっくりとした仕草で燭台切光忠の腕に手を添えた。
燭台切光忠はその意図がわからず、首をかしげる。




「……歌仙君?」
「酷いことを言ってしまったね、すまない。そして、ありがとう」




ふわり。




それは歌仙兼定を彩るあの牡丹のような美しく華やかな微笑みだった。
驚きが先に出て、全身が硬直する。




「洋菓子が出来たら呼んでくれるかい? それまで読書でもしているよ」
「あ、ああ。うん」




台所を出て行く歌仙兼定を見送った後、燭台切光忠はその場にへたへたと腰掛けた。

全くあの微笑みは反則だ、心臓に悪い。
柊ちゃんの所に行く口実ができたのが嬉しいのは分かるけど……。




そんなことを思いながら。








歌仙兼定が病院の廊下を歩いていると、柊子の病室から一人の少年が出てくるところが見えた。




優しい表情を浮かべた好青年。
彼とすれ違う時、『よし、よし!』とつぶやいている声が聞こえて何となく歌仙兼定は振り返った。




少年が着ている服、あれは柊子が通う学校のものと同じだ。




「ふむ……」




歌仙兼定は少年が病室から出てきた理由を察することができず、軽く首をかしげながら柊子の病室のドアを鳴らす。




「柊」
「はーい」




声とともにドアが開き、歌仙兼定は中へ入った。




「今先程、誰か来ていたね?」




一輪の花を差し出すと同時に歌仙兼定は柊子に声をかけた。
柊子がその様子に軽く首をかしげて、思い出したかの様に『ああ~』と続ける。




「学級委員の人ですよ。学校で配られたテキストとかを持ってきてくれたんです」




そう言って、ふわりとタンポポが咲くような笑みを浮かべ、花を受け取ると流れるようにそれを花瓶へ生けた。
歌仙兼定は柊子の様子に胸にチクリと何かが刺さるような感覚を覚えた。
内心首をかしげながら声を発する。




「そうだったのか」
「彼はクラスでムードメーカーみたいな存在なんですよ。話しを聞いていると楽しいんです。学校の様子を教えてくれたんですが、それが面白くって」
「それは、良かったね」




ベッド横にある椅子に腰かけ柊子の方を見る。
彼女は1枚の用紙を手にベッドに腰かけた。




「学校で合唱コンクールがあるんです」
「ほう……」
「病院も明後日で退院するので、来週から学校へ行こうと思って」
「ああ……そうだったね。君はまだ学生だった……」
「そうですよ? やだ、忘れちゃいました?」




クスクスと柊子が声を出して笑う。




「久しぶりに自宅から通おうと思っていて。警備は政府の方がしてくださるというので、歌仙さんは来なくても大丈夫ですからね」
「……またそれか」




歌仙兼定はやれやれと肩を落とした。
それを見た柊子が視線を逸らす。




「……わかった。君が言い出したら梃でも動かない事は嫌なくらい知っているからね」




懐にしまってきた燭台切光忠より預かったお菓子を取り出して、ベッドに備え付けられたテーブルの上に置くとため息を吐き立ち上がった。




「違うんです……!」
「何が違うんだい? 先日僕に言ったことと変わりないだろう」
「それは……」




柊子が目を泳がせる。




『最後まで聞いて』




何となく脳内に午前中燭台切光忠が言った言葉がこだまして、歌仙兼定は椅子に座り直した。




「歌仙さんを休ませてあげたかったんです」




小さな声で柊子が語り始めた。
それは耳をよくよくすませなければ聞こえないほどの大きさで――。




「央海から連絡が来ていました。顕現してからずっと歌仙さんは走り回っているって……休みなく。本丸の仕事から、近侍として私の仕事のカバーまでしてくれて、それに、私のせいでうちの本丸では連結ができないから……あふれてしまった刀達の刀解まで全部引き受けて……。いつ倒れてもおかしくないんじゃないかって、聞いて、それで……それで」
「それならそうと……」
「休んでくださいって言えば、大丈夫だからって言うじゃないですか!」
「……それは」
「だから、せめてと思って、来なくていいって言ったんです……」




歌仙兼定は頭を抱えながらため息を吐いた。




成程そういうことか。




確かに何度か歌仙兼定は柊子に休むよう言われたことがあったが、幾度も大丈夫だからと聞き入れていなかったことを思い出す。




「そう言うことだったのか……。やれやれ、言い出したら梃でも動かないのは僕も同じだったね」
「だから、あれやこれやってどうしたら休んでもらえるのか考えて……」




柊子の行動すべてに合点が行って、歌仙兼定はふっと吹き出した。
何故笑うのかと突っ込みながら眉間にしわを寄せていた柊子もやがてくすくすと笑いだした。
久しぶりに一緒に笑いあったような気がする。




「分かった分かった。では、数日休暇を戴こうかな」
「ダメです。二週間くらいがっちり休んでください」
「そんなに長く!?」
「大丈夫です。歌仙さんだけじゃなくみんなにも休んでいただきますから。こんのすけとも連絡はついていたんです。後は歌仙さんが首を縦に振ってくれるだけだったんです」
「全く君って人は。ありがとう、主」
「私は病院で休んでいた分学業を頑張ってきますね」
「ああ。頑張って」
「はい」




それから暫く歌仙兼定は柊子と本丸であったことなどを話し帰路へとついた。







後に歌仙兼定はこの二週間一度も主に会いに行かなかったことを悔やむこととなる。








二週間後。




歌仙兼定とともに仕事を開始した柊子は鍛刀をこなしても倒れることなく、顔色一つ変えず業務を進めた。
それを見ていた歌仙兼定は驚き、主にそれを問いただしてみた。
本人は特に何もないと言ってはいたが、明らかに何かが違っているような気がしていた。
そして、それからさらに時は進み、ある日とうとう柊子は大太刀の鍛錬に成功する。




「…おや。現世に呼ばれるとは。私は太郎太刀。人に使えるはずのない実戦刀です」




政府が用意した祈祷場。
いつもなら柊子の力を祈祷場の鏡から本丸送りそちらに顕現させていたのだが、今日は目の前に現れている。
柊子と歌仙兼定は目を丸くしてその大きな体を見上げた。
その様子に太郎太刀がやや不安げに微笑みすっとその身を主の目線まで屈ませる。




「……っ! ま、招きに応じてくださり、ありがとうございます! 太郎太刀さん、私はあなたの今世の主、柊と申します。よろしくお願いいたします」
「柊、ですか。ええ、よろしくお願いします。主」




太郎太刀が優しそうな笑みを浮かべ立ち上がる。

それを見つめながら、柊子が震える手で歌仙兼定の袖をつかんだ。




「歌仙さん、やり……やりましたよ! 太郎太刀です……! 初めての、大太刀です!」
「ああ、良くやったね。しかし……本丸ではなく、ここに……顕現するなんて……。体調は問題ないのかい?」
「問題ないです、むしろ元気で……。あ、もしかして、私、本丸に行けますか……!?」
「そうかもしれないね、でも念のため検査を受けてからにしよう。とりあえず、太郎太刀が困っているから、君は仕事の報告書を書いておいで。彼には僕から説明しておくから」
「はい!」




柊子が駆けていくのを見送った後、太郎太刀の方に向き直る。
太郎太刀が腕を組み、片手を顎に当てながらふむと一つ呟くとゆっくりと口を開いてこう言った。




「主から大きな樹木の神気を感じましたが、それを彼女は知っているのでしょうか」
「何だって……?」




歌仙兼定が反射的に太郎太刀を見上げる。
一瞬驚いたような表情を浮かべて、困惑したように太郎太刀が言葉を紡いだ。




「い、いえ、私の気のせいかもしれません。ただ何となく……そう感じられたので」
「そう……」
「余計な事を言ってしまったでしょうか」
「いや……大丈夫。案内しよう」




歌仙兼定は太郎太刀を伴って祈祷場から外に出ると、近くにある執務室へ入った。
席に座るよう促し、ざっと本丸のことや現状のことを説明する。