柊子と歌仙兼定 【お題:キスマーク、花】


著:結城隆臣

刀剣乱舞の二次作になります。姉弟の審神者の物語。

※刀剣乱舞の世界観の自己解釈と、マイ設定があります。
※史実に忠実ではありません。
※いろいろ都合よく解釈しています。ご注意ください。



柊子は18歳、高校二年のお年頃な少女だ。
そのためか……は、わからないが、珍しく病室に化粧道具を持ち込んで雑誌を片手に何やらせっせと顔に付けている。
病室へ入ろうとした時にそれ気付いて、入り口から何となく様子を眺める。
歌仙兼定が前の主の元にいた時も女たちは様々なことをして美しさを競っていた。
いつの時代も変わらないものだな……そんなことを思っていると、いきなりベッドサイドのカーテンを閉められた。



「歌仙さん! い、いたんですか!? 化粧しているのに! 覗かないでください!」
「あ、ああ、これは悪かったね」




反射的に背を向け、身を引き締める。
すでにカーテンを閉められているというのに、どうしてだろう。




「来るのが早過ぎです!! 指定した時間まで、暫くどこか行っていて下さい!」
「は、はい!」





強い言葉に思わず短刀達のような返事をしてしまった。







40分後――。




ただふらついて時間をつぶすのは雅ではないので、ちょうど柊子の病室の切り花が古くなってきていたのもあり、遠出して新しいものを歌仙兼定は購入してきた。




その花を胸に抱えて病室に入る。





「お、おかえりなさい」





柊子が余所行きの格好をしてベッドサイドに腰かけている。
モダンな雰囲気の和装だ。小袖が可愛らしい。
化粧はこのためだったのだろうか。




「……変かな?」
「いや、とても雅だよ」




柊子が頬を桃色に染めて視線をそらした。
その態度に何となくこちらも意識してしまう。




そして、歌仙兼定は気付いた。




「主、紅はささないのかい?」
「あ、えっと……真っ赤なものしかなくて、どうかなぁって……」
「貸してごらん」




柊子の化粧ポーチの中には確かに真っ赤な口紅が入っていた。




少女らしさを出すにはもう少し控えめな桜色のモノが良いのかも知れないが、前の主の元にいた時代であれば18歳はもう大人、それに色白の柊子には真っ赤な口紅が合うような気もする。




柊子の顎を引き上げ、唇に沿うように口紅でなぞる。





「ああ、美しくなった」





ポツリとつぶやくと、柊子が真っ赤な顔をしてこちらを見上げた。






「あ、ありがとうございます……」






普段とは違った雰囲気、紅が入ったことで少女的な可愛らしさが消え、ぐっと大人の女性らしく見える姿に、歌仙兼定の胸が一瞬強く脈打った。




思わず息を飲む。




体が弱く、命を削ってまでも一生懸命に勤めを果たそうとするまっすぐな柊子の姿をいつの間にか意識し始めている自分に気づかないふりをしてきてはいたが、このように美しい様を見せつけられては、その包みも解れかけてしまう。




なんとか平静を装って歌仙兼定は買ってきた花を柊子に手渡した。
嬉しそうに柊子が受け取った後、突然歌仙兼定の羽織りを引っ張る。
思いもよらぬ行動に歌仙兼定は姿勢を崩し、柊子の唇が頬にぶつかった。







「……主?」
「あ、あの、その……」





目を丸くする歌仙兼定を、柊子は直視することができなかった。




顔が暑い。
赤くなっているに違いない。
頬へキスなど、恥ずかしいことをどうしてしてしまったのだろう。




後悔しか頭の中に浮かばない。




ちらっと歌仙兼定を見ると、頬に口紅の跡がわずかに付いている。
最近の口紅は色移りしないはずだが、安い口紅を買ってしまったのが原因か。
それを見てさらに恥ずかしくなる。




今日は体調が良いので、審神者業一周年だ(記念日はとうに過ぎてしまったが)というのもあり歌仙兼定を誘って食事にでも行こうと思っていた。
だから、精一杯のおめかしをして…と思って化粧をしていたのだが、その時にこれってデートに誘っていることになるんじゃないかと気づいてさっきまでワタワタしていたのに。




自分はいったい何をしているのか。




「その、先日1周年をみんなで祝ったけれど、その……1番側にいてくれた歌仙さんにお礼とこれからもよろしくって感じで、その……2人だけで、みんなに秘密で……お祝いと言うか、お出かけしたいなって……思ったんです……。そ、それであの、ええと……」





恥ずかしくて上手く話すことができない。
歌仙兼定の顔もよく見られない。




どうしたら良いのかわからなくなってただただ熱くなる顔を伏せながら『うーっ』と唸っているとふいに歌仙兼定の手が自分の頬に当てられた。




見上げるとふんわりと微笑んでいる歌仙兼定の顔が目に入った。
柔らかく穏やかな、女性的なその微笑みに視線が逸らせられない。




そのまま見つめていると、歌仙兼定の顔が至近距離に近づいているのに気付いた。
と、同時に自分の唇に歌仙兼定のそれが重なる。




「――っ!?」





キスされた!?




柊子は内心パニックになった。
何がどうしてこうなったのかさっぱりわからない。




離れようと思ったが時すでに遅し腰に腕を回されている。
やめてほしいような、やめてほしくないような、そんな気持ちがぐるぐると駆け巡る。




恐る恐る唇の力を抜いてみると、唇を割るように口の中に何かが入ってきた。
されるがままに唇を重ねる。




どのタイミングで息をすればいいのかすらわからない、とにかくいっぱいいっぱいだった。








「……ふにゃあ~」
「あ、主!?」




柊子の体から力が抜け唇が離れた瞬間、キテレツな叫びが漏れた。
体を支えベッドに座らせる。




「――う~」




柊子が唸る声に様子を見れば、赤ら顔で目にたっぷり涙を浮かべている。
ぎょっとして歌仙兼定は柊子の頭をなでた。




「嫌だったかい?」




静かに柊子が首を振る。
そして、涙を拭くとにっこりと微笑んだ。





「驚いただけです……。もう……歌仙さんの皮を被った鶴丸さんじゃないですよね? く、唇にキスとか……恋人同士がする物です……。ダメですよ、こんなこと……。ああ、もうビックリした……」





こわばった微笑みを浮かべ、震える声で話す柊子の言葉が何となく胸に刺さる。鶴丸国永の名前が挙がったのも妙に癪に障った。




心の奥からこみ上げてくる気持ちを言葉にしたいが良い文が出てこない。




「お花生けて来ますね。日が出ているうちに行きましょう。夜は冷えるし、歌仙さんは本丸に戻らなければいけないでしょう?」






花を抱え、花瓶を取りに行こうとする柊子の後ろ手を歌仙兼定は取った。






「主」






柊子が振り返る。




「何ですか?」
「―――いや、何でもないよ……。それが終わったら、紅を直してあげよう」
「はい、お願いします」




自分の手から柊子の手がするりと離れ、花瓶を手に病室を後にする。
遠ざかる足音を聞きながら、そっと自分の唇に手を当てた。




ああどうして……。




歌仙兼定の胸の奥に何か重く苦しいものがこみ上げる。
ずっと抑えてこられたはず、それをどうして止められなかったのだろうか。








思へども 験もなしと知るものを 何かここだく 我が恋ひわたる。