キス


著:結城隆臣

刀剣乱舞の二次作になります。姉弟の審神者の物語。

※刀剣乱舞の世界観の自己解釈と、マイ設定があります。
※史実に忠実ではありません。
※いろいろ都合よく解釈しています。ご注意ください。



歌仙兼定が柊子のいる審神者の部屋の前を通りかかった時だ。
部屋の中から楽し気な会話の声が耳に届いた。




特に聞き耳を立てるつもりはなかったが、会話の相手が燭台切光忠のようで何となく気になり足を止めてしまった。





「じゃぁ、キスでお願いします」
「それでいいのかい?」
「んー。他のでも良いかなぁって思うけど……。でも、光忠さんのだったら、何でもいいですよ」
「分かった。じゃぁキスにするね」




思わず息が止まった。
胸が何故か苦しくなる。




今すぐ部屋の中に飛び込んでしまいたい気もするが、ぐっと堪えてその場を立ち去ることにした。
僕にはダメと言ったのに、彼には許すのかい?
いやいや……何て大人げないことを考えているんだ、雅じゃない……。
彼女が決めたことだ…。





そう思いながら。








その日の晩、鼻歌を歌いながら台所に立つ燭台切光忠の隣に、歌仙兼定はやってきた。
2人は本日、夕餉の当番。
何となく顔を合わせるのが嫌だったが、そうも言ってはいられなかった。




「歌仙さん、遅かったね。メニュー決めちゃったよ?」
「あ、ああ……。すまなかったね。何にしたんだい?」





燭台切光忠の顔を見ることができない。




しかたがないので食材が置いてあるテーブルに目を送ると、どうやら天ぷらを作るようなラインナップで……。




「天ぷらか……」
「うん。野菜天とアナゴや、キス、イカもあるよ」
「キス?」
「キスは〜……あー、そっちに揚げたのが置いてあるから、柊ちゃん用のお膳に乗せて貰えるかな?」





燭台切光忠が指すお膳を見ればたくさんの野菜天が盛られてある。






「アナゴとキスがあまり用意できなくて、昼間、柊ちゃんにどっちが食べたいか選んで貰ったんだよね」




歌仙兼定はハッとした。
よもやあの会話は……。




一気に胸のつかえが消えていく。
余りに情けなくて、笑いがこぼれた。




燭台切光忠にキョトンとした顔をされたけれど、もうどうでも良い。
腹を抱えてひとしきり笑った後、燭台切光忠に分かったと歌仙兼定は告げた。





たったあれだけの事でここまで一喜一憂してしまうとは情けなくて、ある意味恥ずかしかった。









何がツボに入ったのか、思いっきり笑う歌仙兼定を見つめながら、燭台切光忠は何となく歌仙兼定の雰囲気が変わっていく事に気付いた。




「よく分からないけど、機嫌直ったようだね?」
「え?」
「昼過ぎから機嫌悪そうに見えていたから。短刀の子なんか、怖くて近寄れませんって言ってたんだよ? だから、何かあったのかなぁってね」




ニコッと微笑みかけると、一瞬硬直して、その後みるみる顔を赤くさせていく。
視線をそらしながら、小さな声でポツリと呟いた。




「いや、その、どうやら勘違いをしていたようでね……恥ずかしいよ」
「そういうことってあるよね!」




歌仙兼定の肩を叩くと、申し訳なさそうに頬を掻きながらふわりとした笑みが返ってきた。




「さて、全員のお腹を満たすくらい揚げなくちゃ! いっぱい作るよ?」
「ああ、美味しく揚げてあげないとね」





そう言いながら、歌仙兼定が腕をまくった。