時間


著:結城隆臣

刀剣乱舞の二次創作。神喰竜也の物語。

流血・暴力的表現や刀さに、BL表現が含まれます。

※刀剣乱舞の世界観の自己解釈と、マイ設定があります。
※史実に忠実ではありません。
※いろいろ都合よく解釈しています。ご注意ください。



 とある昼過ぎ。一通りの業務を終えた辺りで、竜也の執務室にチェリーパッドを抱えた骨喰藤四郎がやって来た。




 申し訳なさそうに泳ぐ視線でなんとなく何があったのか推測できる。恐らく、厨房の方でまたトラブルがあったのだろう。新しい刀剣男子も増え、手狭になった厨房では些細なもめごとが頻繁に起きていた。
 寝室などは何とか用意出来るが、水回りとなると早々簡単には広げられない。政府に何度も厨房等の拡張工事の要請を出してはいたのだが、許可も予算も下りずで、自分の給与から増築してしまおうかと思っていたところであった。
 小さくため息をついて立ち上がると、竜也は骨喰藤四郎の頭にポンと手を置いた。






「今度は何があったんだ?」
「……プリンが消えたと――」
「プリン!?」






 呆れて開いた口が塞がらない。





「わかった、とりあえず向かう……」






 気乗りしないが放置するわけにもいかず、ゆっくりと足を厨房へと向けた。




「全く人騒がせな奴等だ……」
「……すまない」
「いや、骨喰が謝ることではない。冷蔵庫に入っていたのによく探さなかったあいつらがいけない」




 なんとかその場を収め、骨喰藤四郎は竜也と執務室へと戻る廊下を進む。




「忙しいのだから手間をかけさせないでほしいものだ。ったく、早く増築して色々別けた方が良いな」




 小言をこぼす竜也はいつもの調子で、骨喰藤四郎は内心笑いがこぼれた。




 いくつか角を曲がり、中庭を抜けて本丸の玄関口へと差し掛かった時、骨喰藤四郎が持つチェリーパッドから緊急帰還を知らせるアラームが鳴った。




「主!」




 焦ったように骨喰藤四郎は竜也の手を掴んだ。このすぐ先には転移室がある。急を要する帰還であれば、全男士が負傷し危険な状態であるかも知れない。その場合

、竜也に会わせる訳にはいかなかった。竜也は血を見ると具合を悪くしてしまう時があるのだ。しかし、骨喰藤四郎の気遣いもむなしく、竜也の目の前で帰還を知らせる光が転移室からカッと溢れた。
 今日出撃したのは第1部隊のみ。メンバーは三日月宗近、一期一振、燭台切光忠、大倶利伽羅、鯰尾藤四郎、乱藤四郎の6振り。戻りは今日の深夜になる予定だった。
 開かれた扉から室内を覗けば血にまみれた刀剣男子がそれぞれ疲弊した表情で体を崩している。誰も彼もが傷を負い、その中でもひどく出血していたのは三日月宗近だった。
 やはり負傷による緊急帰還だった。
 骨喰藤四郎は心の中で舌打ちしながら、竜也の方を見た。竜也は強張った表情を浮かべている。まずい、とも思ったが、見てしまった以上どうしようもない。骨喰藤四郎は静かに首を振ると急いで三日月宗近に駆け寄った。




「大丈夫か?」
「あいすまん。やられた」




 三日月宗近は微笑んでいるが、顔色は良くない。左腕を押さえながら燭台切光忠と一期一振に躰を支えられている。
 褐色の肌の男士が骨喰藤四郎の後方を一振り抱きかかえて通った。




「重傷者は三日月、鯰尾、乱。光忠と一期は中傷。俺は鯰尾を運ぶ。骨喰、乱を頼んだ」
「わかった」




 大倶利伽羅が廊下を走って行くのを見送った後、骨喰藤四郎は三日月宗近らの後方に横たわる乱藤四郎を背負った。
 竜也をこの場に残すのには不安もある。しかし、ぐったりとして力のない兄弟を前にしてそうも言っていられなかった。









「……何が、あった……?」




 血の匂いにあてられないようぐっと手を握りしめながら、竜也はゆっくりと廊下へ歩を進める三日月宗近の方を見た。




「なに、どうと言うことはない」




 俯きがちに歩む三日月宗近がはははと笑う。
 七里本丸で最強を誇る三日月宗近が重傷を負うなどほぼないに等しく、絶対何かがったはずだと竜也は思った。
 察したのか、燭台切光忠が口を開く。




「検非違使だよ。三日月さんは鯰尾君と乱君をかばって」
「弟たちのために、申し訳ない」
「仲間ではないか。気に病むことはない」




 竜也は三日月宗近の方をじっと見つめた。視線に気づいたのかこちらの方に顔を向けることは有れども、先程から一度も視線が交わらない。




「三日月――」




 銘を呼ぼうとした時、廊下の先からドカドカ駆けてくる足音が聞こえ、大きな人影が姿を見せた。




「岩融か」




 三日月宗近が首を上げて呟く。




「緊急撤退のボタンを押したのだが、間に合ったようだな」
「うむ。助かったぞ」
「無事なら良い、さっさと手入れ部屋へ行け。札も用意してある」




 岩融が燭台切光忠と一期一振に変わり、三日月宗近を引き受けようとした瞬間、バランスを崩した三日月宗近の左腕がぼとりと廊下に落ちた。




「三日月!?」




 岩融がとっさに拾い上げ、一期一振が三日月宗近の左袖をまくると、燭台切光忠がネクタイをほどいて止血のため腕を縛った。




「何で黙ってたの三日月さん!」




 怒りを帯びたかのような声で燭台切光忠が叫ぶ。




「止血したのにあまり効果が無かったのはこのせいですか……」




 一期一振も青ざめた顔でたたずんでいた。




「ははは、バレてしまったか」




「笑っている場合ではないぞ! 急ぎ人を! 主!」




 岩融が竜也の方を向く。
 だが、岩融の声は竜也の耳には届いてはいなかった。
 目の前に助けなければならない者達がいるというのに、込み上げる黒い力が竜也の意識を飲み込まんと渦巻いて離れない。




「主」




 三日月宗近の声がする。月を浮かべた瞳が真っ直ぐこちらを見つめている。




『大丈夫だ、○○』




 三日月宗近が静かに唇だけ動かす。次の瞬間、竜也はその場に崩れ落ちた。









 中傷とは言えど一足先に傷が治癒した燭台切光忠は一期一振と鯰尾藤四郎の様子を伺った後、三日月宗近が利用している手入れ部屋へと向かった。




「三日月さん、良いかな?」




 部屋の前で呼びかける。やがて布団が捲られる音と共に声が聞こえた。




「光忠か。構わぬぞ」




 ふすまを開けると寝間着の浴衣をまとい布団の上に座る三日月宗近の姿があった。枕元には刀を整える手入れセットが一式と、彼の本体が柄を外され置いてある。




「具合はどう?」
「この通りだ」




 持ち上げられた左腕は綺麗に繋がり、傷跡も見えない。燭台切光忠はホッと胸をなで下ろしながら三日月宗近の布団の隣に腰掛けた。
 ふと視線を三日月宗近の方に向けると、その後ろに置かれてある刀が目に入った。さすが天下に5振りと言われただけはある。美しさにじっと見つめていると、その様子を見ていた三日月宗近がすっと本体を取り燭台切光忠に手渡した。燭台切光忠はそれを受け取るとほうとため息を吐いた。




「やっぱり凄いね、三日月さんは」
「そうか」




 嬉しそうに微笑む三日月宗近を横目に、燭台切光忠は三日月宗近の刀身に視線を戻す。名の由来となった打ち掛けが見えないかと傾けた時、燭台切光忠を妙な違和感が襲った。刀身の表面を走るように薄く無数のヒビがあるように見えたからだ。
 材質的に防弾ガラスにヒビが走ったかのようにヒビが発生することは考えにくい。それ以前に手入れした直後のはずだ。 それなのに……。
 燭台切光忠は首をかしげながら刀を三日月宗近へと返した。




「三日月さん、刀身に何か見えたんだけど……手入れは済んでいるんだよね?」
「ああ、手入れならとうに終わっているぞ」




 三日月宗近が刀を戻した後、不思議そうに見つめてくる。気付いているのか、いないのか。はたまた分かっていないフリをしているのか。
 燭台切光忠はゆっくり首を振った。
 おそらく、手伝い札で急激に治癒した反動だろうと思って。




「そう言えば、一期さんが後でお礼を言いに来ると言っていたよ」
「ふむ……あやつも義理堅い男だな。礼など不要と伝えたのだが」
「それが彼の良いところだよ。そうだ、何か飲み物でも持ってこようか?」
「ああ、茶を頼む」
「了解」




 燭台切光忠が立ち上がろうとした時、手入れ部屋の襖が開いた。




「三日月」
「骨喰か、どうした」




 急いできたのだろうか、やや汗をにじませて肩で息をする骨喰藤四郎が三日月宗近に近寄る。




「主が起きた」
「あい分かった。着替えたら向かうとしよう。光忠、すまぬが、茶は後にしてもらえるか」




ゆっくりと立ち上がる三日月宗近を見つめながら燭台切光忠は頷くと、同じようにその場に立った。




「まだ体、辛いでしょう? 着替えるの手伝うよ」
「それはそれは、助かるな」








 竜也の部屋の襖を開けると、青白い顔をして布団に腰かけている主と目が合った。




「具合はどうだ」
「怪我は大丈夫か」




 同時に言葉に出してフッと笑い合う。どうやらまだ大丈夫なようだ。内心ほっとしながら主の正面に座す。




「他の刀達は?」
「乱以外は概ね回復したようだ。乱もじきに気が付くだろう」
「そうか……」




 沈む瞳に光が灯り、三日月宗近はそれを見て微笑んだ。




「後で皆の所に顔を出すのだぞ、主。みな、それぞれ心配していた」
「……ああ」
「骨喰より聞いた。運が悪かったな」




 三日月宗近は竜也がずっと布団の中に両腕をしまっていることに気付いた。肩が小刻みに震えているところを見ると、どうやら右腕を押さえつけているらしい。
 普段と変わらない表情を浮かべている顔にもよくよく見ればうっすらと汗がにじんでいる。
 心配させまいと隠しているつもりか?
 そう思うと、わずかに竜也が可愛く見える。しかし、竜也の体内に封印されし輩の力をさらに封じ抑制する手伝いをしてやっているにもかかわらず、未だその衝動を抑えきれていないところを見ると、何ともやりきれない気分になり、三日月宗近は心の中で溜息をついた。




「少し、手合わせでもするか、主よ」
「……不要だ」
「本当にか?」
「……」




 じっと竜也を見つめる。竜也が気まずそうにしながら俯いた。
 以前にも大けがを負った部隊が帰還した際、竜也と鉢合わせてしまったことがあったが、その時は竜也と刀を交えることでいくらか落ち着かせることができた。
 今回はいかほどの発作が起きているのか、事の次第によっては竜也に施した封印のメンテナンスを早めなければならないかもしれない。




 三日月宗近は竜也が答えるのを待った。




 どのくらいの時間が過ぎただろう。静かに耐えていた竜也がふっと息を漏らした。




「大丈夫か?」
「ああ……」




 答える声は掠れ、小さかったが、こちらを見返す瞳には力が込められていた。三日月宗近は、頷くとゆっくりと立った。




「ならば良い。何かあればすぐ呼ぶのだぞ」








 竜也の部屋を出て三日月宗近が自室前に着いた時だ、突然彼の体を激しい痛みが走り抜けた。
 廊下に膝をつく。あまりの痛さに思わず声が漏れてしまいそうになったが、それでは隣室にいる竜也にさとられてしまう。 三日月宗近はその場でじっと苦痛が去るのを耐えた。
 やがて痛みが治まり、疲弊してしまった体を引きずるようにして自室の布団で横になる。 原因は分かっている。竜也に施した封印の負荷がジワジワと身体を浸蝕してきているのだ。




 主だけではなく、この俺も時間の問題か……。せめて、主だけは……。




 そう思いながら三日月宗近は静かに瞳を閉じた。