三日月


著:結城隆臣

刀剣乱舞の二次創作。神喰竜也の物語。

流血・暴力的表現や刀さに、BL表現が含まれます。

※刀剣乱舞の世界観の自己解釈と、マイ設定があります。
※史実に忠実ではありません。
※いろいろ都合よく解釈しています。ご注意ください。



七里本丸にいる三日月宗近は元は荒れ果ててしまった本丸にぽつんと捨てられていた刀だった。




随分と長い間放置されていたのか、見つかったときには草に絡まり、鞘は汚れ、錆も広がっていた状態だったらしい。
保護し、手入れをしようにも錆でどうすることもできず、人の形で修繕しようという話になったが、最大練度まで鍛え上げられていたためか誰にも刀剣男士として呼び出すことができなかった。
刀解という話も上がったが、練度の高さ、そして何より本霊の三日月宗近に波長が近いことから、処分することもできず、政府管轄の倉庫にて眠っていた。




しかしある日、政府に招かれた竜也の手によって人の姿を再び得る。




再臨し手入れを施された後、政府から検査と調整を受け、新しい主の前に案内された三日月は竜也を見るなり妙な感覚を覚えた。
竜也の霊気に数えきれないほどの邪気や霊気、神気が混ざりあっている。
普通の人間であれば今すぐにでも気ふれしてしまいそうなものだが、平静な顔をしているところを見ると不完全ながらも封じ込めに成功しているように見える。
しかしどう見ても危ういバランスの上に成り立っているのは明白で、このままにしておけばそうそうかからずこの者は発狂し死ぬだろうと三日月は思った。




「俺の名は三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしくたのむ」




政府が用意した応接室でたたずむ主の前に進み、真っ直ぐその目を見据える。
その瞳は濁りなく澄み、力強い視線をこちらに向けてきた。
その様子に好感を得、微笑む。




「お前の主となる。神喰だ」




『神喰』




三日月はその名を聞いて、ハッとした。




それは三日月が生まれる以前からこの世にある旧家の名前だった。
歴史の表舞台には一切出てこないが、裏舞台では名の知れている家系で、主に憑き物払いを家業としている家である。
ただ、時折異質な子が生まれるというが……。




主がその異質な子にあたるのか。




三日月は思った。
案の定、この主が持つ力を封じる施術をするよう当日のうちに三日月へ政府から指示が降りた。
どうやら主は政府より要注意人物として指定されているようであった。




神喰家の人間であれば致し方ないとは思う。
まして、これほどの様々な力を腹の中にひそめているのであれば尚のことだ。
封じ込めもせずこの男が死ねば、その場は一瞬にして魔物の桴海と化すだろう。




通達を読めば、破魔の力だけを封じるように記載されており、邪気については触れられてはいなかった。
あえて外したのか、知らないだけなのかはわからないが、このままではいずれこの主は狂って死ぬ。
審神者として生かしたいのか、戦地に送り勝手に死んでもらいたいと思っているのか、はたまた、桴海が発生してしまっても構わないと思っているのか。
側にいた係りの者に問いても、知らぬ存ぜぬでさっさとやるよう急かすばかりで、話にならない。
妙に癪に障った三日月は通達の書類を破り捨て、儀式の間に入った。




儀式の間は6畳ほどの広さがあり、奥に神棚が置いてあった。
神棚には三日月宗近の本体が祭られており、三日月の怒りはさらに増した。




禊ぎを終えた主がやがて入室し、その様子を見てみれば、不思議そうにこちらを見返してくる。




主は何も疑問に思わないのだろうか……。




三日月は流れに任せている主に声をかけた。




「主や」
「……」
「これから何をするのか、知っているのか?」
「破魔の力を封じるのだろう」
「……そなたに巣くう者達は放置したままに破魔の力を封印せよと言うことがどういうことか分かっているのか」
「どういう意味だ」
「主、このままではそなたは死ぬぞ」
「はっ、そんなことか……」




突然主が、皮肉そうな笑みを浮かべた。




「俺は政府に拾われなければ今頃あの世に逝っていた身。死期が多少伸びたところでどうということはない」




その言葉に三日月の憤りが頂点に達した。




「それで良いのか! 人として真っ当な生を終えられなくなるぞ。下手をすればあちらの世界に連れて行かれ、嬲られ貪られるやもしれぬと言うに」
「どうでもいいな」
「……。あいわかった、では、俺の好きにさせてもらう。主とは言え仕事の付き合い。そなたが死んでもまた新しい主が来よう。再びこの身を与えてくれた恩義はあるが、それ以上は何もない。ならば、政府の指示以上の封印は不要だな」
「ああ、好きにしろ」




三日月は勢いよく主を押し倒した。
痛みに顔を歪ませながら嫌がる主を力で抑えつけ、その右耳に噛みつく。
赤い血が流れ、しゅるしゅるとその血がカフスへと姿を変えていった。
そして、その耳飾りにそっと触れた後、三日月は主を組み敷いたままその目をじっと見つめた。




「主、真名を。儀に必要だ」
「……竜也」
「竜也、竜也か」




三日月はふっと主に向けて憐れむように微笑むと、そのままその唇に口付けた。















「主や、主」
「……なんだ」




眉間にしわを寄せて竜也が振り返る。
どんなに忙しくても、機嫌が悪くても、いつもなんだと竜也は返事をする。
三日月はそれが嬉しかった。




いつもの縁側からスススと竜也の側に近寄る。
そして他愛もない話をするのだ。




近侍の岩融や他の刀剣男士達は用がない限り部屋には来ないので、いつも三日月と竜也は2人きりで過ごしていた。
部屋も隣り合っているので夜も眠くなるまで側にいたりすることもままあった。
竜也はなんだかんだ文句は言うけれども特別嫌がっている素振りも見せないため、三日月は何となく居心地の良いこの場所を気に入っていた。




時折、休憩も兼ねて竜也が庭先に出ると、待っていたとばかりに短刀達が寄って来て、取っ組み合いをして遊んだりもする。
それを眺めているのもまた楽しい。




「主は子供が好きなのだな」
「……別に。アンタの言葉を借りるなら、子供に好かれて困る、だな」




ふっと嬉しそうに微笑む。
無表情でいる時は強面だが、笑うと存外かわいらしい表情を浮かべる。
それがたまらなく愛らしく感じられた。









現世に用があると主が一人で出かけて行ったある日のことだ。
いつものごとく主の部屋の縁側で一人日向ぼっこをしていた時、ふいに竜也の力を感じられなくなった。




「……おかしい」




三日月の胸に嫌な予感が宿り、膨らんでいく。
立ち上がると竜也が仕事で使う機械を起動し、槐と繋いだ。
槐に詳細を話し現世に向かう手はずを整える。
その後、急いでワープに飛び込み、政府の役所に到達するとそのまま駆けだした。
竜也の力が消えた場所は何となくわかる。
そこへ急ぐ。




着いた場所は骨組みだけが残る廃ビルの中だった。




竜也が体を痛めつけられ倒れこんでいる。
それを囲むように見知らぬ男たちが3人、鉄の棒などをもって立っていた。




「何だてめぇ」




一人がゆらりと体を揺らして三日月の方を見る。




「すまぬが、主を返していただけぬか」
「あるじぃ?」




竜也の頭の方に立つもう一人の男が、その頭上に足を置いた。




「こいつのことか? 悪いがこいつには借りがあってね、返すわけにはいかないな」
「大事な人なのだ。返してもらわねば困る」




困ったように苦笑して返す。




「訳の分からない奴だな。てーか、その恰好、時代劇かよ。おい、やっちまおうぜ」
「そうだな」




次の瞬間、鉄の棒が三日月宗近の頭上めがけて振り下ろされた。




「ぐぁあああああああ!!!!!!!!! はっ、お、俺の腕がぁあああ!!!!!!」




赤い鮮血が三日月の青い着物の上に飛び散る。
三日月の居合抜きにより鉄の棒を持っていた腕が飛んではるか遠くに落ち、腕を切り落とされた男が傷口を抑えてのたうち回った。




「あ、主に……な、何かあっても、いいのか……!!」




竜也の頭を踏んでいた男が、その体を持ち上げ、首にナイフを当てている。
三日月はビュッと太刀を振り血を飛ばすと、懐紙でそれを拭った。




「好きにするが良い。だがその時、俺はお主達を許さぬぞ」




スラリと伸びる美しい太刀を向けられ、男たちがヒィと悲鳴を上げる。




「さぁ、主を返して貰おうか」




男たちを警戒しながら、三日月は竜也の顔を見た。




主の実力ならこの程度の男達にやられはしないはず……と、右耳を見ればカフスが外れてなくなっている。




成程、と三日月宗近は思った。




カフスが外れイレギュラーな形で封印が解除されたため意識を失ったと見える。




「何だお前、近付くんじゃねぇよ……」
「主を、こ、殺すぞ」




一歩一歩、三日月はゆっくりと竜也に近付いて行く。




「これ以上来んじゃねぇ!」




ナイフを持つ男がそれを三日月へ向けたその時、ナイフが宙を舞い遠くへ飛んだ。




「あ、ああ……俺の手が、指が……!!!!!」




三日月宗近の太刀の切っ先が赤く染まっている。
その滴がぽたりと竜也の顔に垂れた。




「ああ、汚してしまった」




ゆっくりと歩き、竜也のそばで手を抑えている男を見下ろす。




「ひっ……」




男が後ずさりし始めたその時。最後の一人の気配が背後で揺らいだ。
刀を返して後方へ突き出す。




「……ぐっ」




一つ声が聞こえて何かが倒れる音がした。








傷を負った男たちが尻尾を巻いて逃げて行ったのを見送った後、三日月は刀を鞘に収めた。
竜也の体を起こすとその下からカフスが見つかり、右耳に付けそっとそれに口づける。すると、ふわりと青白い光がカフスを包み、封印が発動された。
三日月宗近の体に竜也の力がじわじわと伝わる。
問題なく封印具は作動しているようだ。




竜也は相変わらず意識を戻さず、三日月は少々不安に思った。
まさか、内なるモノ共に乗っ取られたか?
屈み込み、竜也の顔を覗き込む。
先程垂れた血が頬を伝い、唇へと流れた。




「やれやれ、世話のかかる主よ」




三日月はそっと竜也の顎に手を添えて持ち上げると、そのままその唇に自分のそれを重ねた。
次の瞬間。
竜也が目を覚ました。




強い力で両肩を押されて思わずひっくり返る。




「……主」
「何をしていた……」




怒りを帯びた瞳できつく睨まれる。
三日月宗近は内心胸をなで下ろすと、竜也を両腕で抱きしめた。




「怪我はないか? もう目を覚まさぬのかと思ったぞ」
「……」




ぎゅっと両腕に力を込める。
逃れようと動いていた竜也の体が止まり、右手がポンポンと背中を叩いた。




「助けに来てくれたのか」
「当然であろう。何かあればこれですぐ分かるのだからな」




竜也の右耳にあるピアスに触れる。
くすぐったかったのか、竜也がビクリと首をすぼめた。




「帰るぞ」
「うむ」




歩き出した竜也の後に三日月も続く。




以前は覇気強く、それこそ触れたら斬られてしまいそうな雰囲気が竜也にはあったが、今は薄れ弱々しく見える。




丸くなったのか? いや……封印のせい……違うな、竜也自身が脆くなってきている?




立ち止まり、進み行く竜也の背中を見つめながら、三日月は考えた。




後どれくらいだ? 後どれくらい主を保たせられる? そして俺自身も後どれくらい主を守ることができるのか……。




三日月は苦笑しながら首を振った。




最初はこの男の態度がいけ好かず、酷い目に遭わせてやろうと封印を施したが、何だこれは、丸くなったのは俺の方か。




気付いたのか、向こうで竜也が振り返りじっとこちらを見ている。




「何をしている」
「すまぬすまぬ。今行く」




主の元へ向かって三日月は駆けだした。